必要なのはプログラマーでもSEでもない DX人材はこうすれば育つ! 【紙パルプ技術協会 講演会】

2023.12.14
必要なのはプログラマーでもSEでもない DX人材はこうすれば育つ! 【紙パルプ技術協会 講演会】

いまや、紙パルプ業界にとっても「DX」、デジタルトランスフォーメーションは大きな課題になっている。去る2023年10月4日~6日、紙パルプ技術協会が「第66回 2023年 紙パルプ技術協会 姫路年次大会」(会場:「アクリエひめじ」姫路市文化コンベンションセンター)を開催。

会場 アクエリひめじ

紙パルプやその関連メーカーの操業経験や新技術・新製品の紹介、講演会、製品説明会や各種機器・資材などの展示会、工場見学などが催された。毎年秋に首都圏や、紙パルプ工場所在地やその周辺地域で開催されているもので、今年も59社が出展した。

 その講演会で、プロイノベーション代表取締役の久原健司が「DXの本質および製紙業界での推進実現と人材育成について」をテーマに、DX人材の5つの役割やDXの推進と基本的な実現方法などについて、わかりやすく解説した。

第66回 2023年紙パルプ技術協会年次大会(姫路)の展示会場のもよう

DXで大事なのは「使い続ける」こと

DXのはじまりは、思っている以上に古い。おそらく、多くの人が「DX」という言葉を耳にするようになったのは、この5~7年ぐらい。しかし、じつは2004年にスウェーデンの大学教授、エリック・ストルターマン氏が提唱。ちょうど、アテネオリンピックで水泳の北島康介選手が金メダルを取ったころだ。そう考えると、かなり昔のことだが、その頃から、世界は少しずつDXをはじめていたわけだ。

講演するプロイノベーションの久原健司社長

では、DXとはなにか――。例えば、会社の業務の現状を把握して、そこから浮き彫りになる課題の一つひとつを解決していく、その手段がDXという。 「じつは、『浸透』という言葉がDXを進めるうえで非常に重要になってきます。『ITの浸透が人々の生活をよくする』という、『浸透』です。身近なところでいうと、ほとんどの方がスマートフォンでお持ちです。何気なく使っていますが、『明日から、そのスマートフォンを使ってはいけません』と言われた場合、どのような気持ちになるか、イメージしてください。ほとんどの方がちょっと困りますよね。いや、それがないともう仕事にならない。そんな気持ちになるかもしれません。その状態が、まさに『浸透している』状態なんです」(久原健司)

その一方で、新しいITツールを導入して間もない時に起こりがちなのが、「よくわからないし、今までのほうがよかった」「やっぱり面倒だから、使いたくない」と、せっかく導入したITツールを使わなくなること。それは、その新しいITツールが仕事や生活に「浸透していない」ことを意味する。

つまり、DXはITツールを導入して、そのツールを使いこなして、その結果として会社がよくなる、職場での働き方や生活がよくなっていくのような状態になることなのだ。

「守りのDX」と「攻めのDX」

そんなDXには、「守りのDX」と「攻めのDX」の2種類がある。

一般的に、「守りのDX」は社内向けの経費削減などに寄与する。例えば、事務員が経費計算ソフトを導入して、毎日の作業が楽になるということ。一方、「攻めのDX」は社外向けの売上げアップへの貢献、ITツールを使って売り上げを伸ばしていこうという役割がある。

それらを製紙業界でのDXをみると、こんな事例がある。

「生産効率を上げるためには、なるべく機械の操業を止めないようにメンテナンスをする必要があります。メンテナンスの時間を短くするためにはどうしたらいいのか。また、生産スピードを上げることで欠陥率が上がってしまうことがないように、その最適なスピードを見つけ出し、それによって高い品質を保つような生産性を向上させるためには、どうすればいいのか。見つけていく必要があります。

そうなると『守りのDX』というより、新製品をつくるのと同じくらい大変な作業になります。これは『攻めのDX』なんです。例えば、環境にやさしい素材をつくろうとか、ユーザーも今はニーズよりも社会的な流れを見て商品を選ぶ傾向にありますから、環境に優しい素材だったり、効率的なエネルギー利用の研究だったりは最終的に利益率が上がるので、これも『攻めのDX』として成立するというわけです。 このようにDXは、何か一つをやったらおしまいというわけではなく、いくつもやり続けるものであることを覚えておいてほしいと思います」(久原)【図表1参照】

図表1 「製紙業界における2種類のDX」

【守りのDX】                                  
(1)機械の監視や生産ラインの最適化                       
デジタル技術の導入によって、工場内の機械や装置はリアルタイム監視。センサーやIoTデバイスがこれを可能。データ分析によって、生産効率が低下している箇所や予防保全が必要な機械を素早く特定できるため、システムや機械の停止期間を最小限に抑え、生産ライン全体の効率を最適化することができます。                       
(2)品質管理や生産スピードの向上                        
各部門で収集されたデータが一元的管理、品質に関する指標(例えば、欠かん率)をリアルタイムで確認。これにより、品質問題に素早く対応でき、生産スピードも最適なレベルに調整。これは、例えば、紙の品質や生産速度に直接影響を与え、市場での競争力を向上させる。
(3)生産管理や品質保証における効率の向上                    
データのリアルタイム分析と最適化により、生産フロー全体がスムーズになる。これは生産管理者から部長クラスまでの各階層での意思決定を容易にし、生産スケジュールの予測精度を高めるとともに、品質保証プロセスもより効率化。結果的に、総合的な競争力を強化する要素となる。                                  
【攻めのDX】                                  
(1)新製品開発や新しい製造プロセスの設計                    
DX観点:Big DataとAIを利用して、市場トレンドや顧客のニーズを高速で解析。そのデータを基に、新製品や製造プロセスを設計する。                   
売上げ向上:顧客が求める特性や機能を持つ製品を速やかに市場に投入することで、先行者利益を享受。
(2)環境に優しい素材の開発                            
DX観点:原料調達から消費者に届くまでの全体をデジタルで追跡管理し、持続可能な資源の使用やリサイクル率を高める素材を開発。
売上げ向上:環境意識の高い顧客層からの信頼と購入を促す。              
(3)効率的なエネルギー利用の研究                        
DX観点:IoTデバイスでエネルギー消費をリアルタイムで監視し、AIで最適なエネルギー配分を行う。                                    
売上げ向上:エネルギーコストの削減を製品価格に反映させ、価格競争力を高める。

「DX人材」を育成する!

DX人材が育たないた原因はどこに……(講演する久原健司社長)

DXの大きな課題は「人材不足」だ。「DX人材がいない」という声は、業界・業種を問わず、多くの企業で聞く。なかでも製造業における、その原因は「現場の力が強すぎる」ことだ。“匠の技術”はたしかに素晴らしいが、「その人しかできない仕事」のやり方では生産性が下がる。【図表2参照】

言葉では伝えられないような“匠の技術”を、経験だけに頼らず、なかなか難しいことではあるが、例えばデータを収集して、貯めていきながら伝えていく。今、行われていることを図解して、数値化することによって生産プロセスを改善していく試みを進めたほうがいい。 属人的な仕事のやり方は、「どうしても、IT投資を遅らせている原因になっている。そのため、人材育成にも力が入らない」(久原)という。

図表2 「現場の力が強すぎる」

では、今後DXを進めていくうえで、どんな人材が必要なのか――。パッと思いつくのは、「パソコンに詳しくて、プログラミングなんか、すぐできるような人」。そんなイメージかもしれない。「確かにそれも必要ですが、DX人材には「5つの役割」があります。DX人材が、誰もがプログラミングができる必要はありません。実際に、DX人材が不足している問題を解決する糸口は、この役割にあります」(久原)。

その「5つの役割」とは、「ビジネス系プロデューサー」「テクノロジー系プロデューサー」「テクノロジスト」「デザイナー」「チェンジリーダー」のこと。

ビジネス系プロデューサーとは、問題を発見する役割。つまり、「業務プロセスの理解をしている人が必要なんです。そのため、ITに詳しい人がいきなり就いて、問題を発見しようとしても、なかなか難しいことなんですよね。業務プロセスも、現場のこともわかっていない状態では『ビジネスプロデューサー』は務まらない。むしろ、一般社員の中に、このビジネス系プロデューサーがたくさんいるように思います」(久原)。必要なのは、コミュニケーション能力だ。

テクノロジー系プロデューサーロは、ビジネス戦略が求められる。「当社には、どのようなITツールがあるか? どのツールを選んだらいいのか? そうしたことを考える役割もあるのだが、そもそも会社が5年後、10年後、どう成長していきたいのか? を俯瞰的に考えて、そのビジネス戦略のベースにツールを選んでいく。そんな役割があります」(久原)。いCDO(最高デジタル責任者)だ。

CDOの役割は重要だが、今後DXを進めるうえで、大局的な視点で進めていく推進力がある人材であれば、「当初はあまりデジタルに詳しくなくてもよく、むしろビジネス的な知識が必要だ」(久原)と指摘する。

テクノロジストは、いわゆる“DX人材”だ。プログラミングやシステムアーキテクチャ、ITの最新技術を用いて、デジタル課題を解決する仕組みやソフトウェアをつくっている人をいう。ただ、じつはDXを推進するときは、既存のソフトウェアを選ぶことができるため、製品をつくることはあまり気にしなくてよいことがある。

「逆に、テクノロジストは集めようとしても、なかなか難しい。人材がいない理由は、米国ではITエンジニアの7割がユーザー企業、一般企業に勤務。3割の人がIT企業に勤務するが、日本ではこれ逆転していて、IT企業に人材が7割も集中している。残りの3割が一般企業だが、その3割のIT人材が大企業に集中する状況にあるんですね。そうなると、中堅企業でもなかなか人材を獲得するのが難しく、中小企業はさらに厳しく、採用できないことになります」

デザイナーも、似たような状況にあるという。

チェンジリーダーは、DXの成果を上げていくため、プロジェクト計画を立てて順調に進める役割を担う。例えば、せっかく導入したITツールの「使えないところ」を見つけては改善して、DX改革が後戻りしないように“使い続ける”習慣を植え付けていく。「企業や職場によっては嫌われてしまう、いわば『汚れ役』です」(久原)。

DX人材の育成は、現場の仕事を理解して、そのイメージを共有するところから始まっているようだ。

紙パルプ技術協会
1947年2月、戦後日本のパルプおよび製紙産業復興のため、技術の研磨と向上を期して、設立。紙パルプ産業の継続的な発展に向けての取り組みを推進している。

プロフィール
久原健司(くはら・けんじ)
株式会社プロイノベーション代表取締役
2001年、東海大学工学部通信工学科卒業。ITの人材派遣会社やソフトウェア開発会社を経て、07年に独立、株式会社プロイノベーションを設立。18年に「振り向くホームページサービス」を開始し、企業とフリーランスの橋渡しとして働き方をサポートしているほか、“日本一背の高いITジャーナリスト“として、さまざまなWEBメディアで執筆する傍ら、全国各地でキャッシュレス決済やIT、DX・AIについてのセミナーや講演会で活躍中。1978年生まれ。

国宝 姫路城
髙橋 べん(たかはし・べん)

髙橋 べん(たかはし・べん)

株式会社 カブライブ!代表取締役/ライター 金融・経済、投資と企業動向、働き方に関連するジャンルの記事の企画、執筆・編集に従事。1990年代後半~2000年代の金融危機の時代には経済誌や週刊誌などで活動した。その後、ネットメディアのJ-CASTニュースで記者、経済・企業チャンネルのJ-CAST会社ウォッチで編集長を務めた。2023年8月、個人投資家の金融知識の向上とすそ野拡大、企業の広報・IR活動を支援するプラットフォーム「カブライブ!」を開設した。 主な共著に、「絵で見て入門 経済が楽しくなる本」(日本経済新聞社)や「デビットカード革命」(宝島新書)、「銀行の真実~現役行員が語った本当のウラ」(宝島社)、「銀行 2008年度版」(産学社)などがある。 ファイナンシャルプランナー、(一社)SDGs大学認定アドバイザー